１．悪法とはなにか？

　一概に悪法といっても、その内実はあいまいである。何が悪法であるかを決めるには、定義が必要になるが、誰もが納得しうるような絶対的な定義はない。その為、法をどのように捉えるかによって悪法の定義は異なってくる。法の本質を自然法、社会契約、強制と捉える３つの考え方で、悪法の定義と、その有効性についてそれぞれ考察してゆく。

① 自然法思想
　まず、法の本質を自然法と捉える自然法思想に基づいて考察する。この考えでは、時間や場所を超越した神の法が存在し、人間は理性を通じてその一部を感じ取ることができるとされる。その感じ取った神の法の一部を自然法という。この自然法は、神より与えられた絶対的な正しい基準であり、人はこれに沿うように法を制定してゆくべきとされる。
　したがって、法の根拠となる絶対的な正しさを持った法があるのだから、これに反する法は、悪法であり、従う必要はない。つまり、悪法は法ではないのである。
　　（しかし、なにが自然法であるのかは、はっきりしない。そもそも、それが存在するのかどうかも定かではない。自然法に明確な根拠がない以上、その定義は主観的にならざるを得ない。）

② 社会契約説
　次に、法の本質を社会契約と捉える考え方に基づいて考察する。これは、お互いに住みやすい社会を築く上で必要なものをルールにしていった結果、できたものが法であるとする考え方だ。社会の構成員たちが、お互いに望ましいルールの制定を社会と仮想上の契約をしていったものとしている。この理論は、必ずしも自然法に基づかなくても法を正当化できる点で、より客観性がある。
　自由に殺し合いができる状態は、お互いにとって望ましくない。多くの人は、自由に殺せるという利益よりも、殺されない安全という利益の方が望ましい。だから、殺してはいけないというルールをつくった。このように、法はみんなにとって望ましい状態をつくりだす為のものである。
　（人間の価値観はそれぞれ異なるが、だいたい共通する部分がある。その共通する観念が、社会通念である。これは、人の好みが反映されるものであるから、人が変わればその内容も変わってくる。だから、地域や時代によって変動するものではあるが、ある一つの社会を想定すれば、ある程度固定できる。社会契約説は、この社会通念に基づく契約を法の根拠とする。）
　したがって、お互いの利益になるものを法とする契約なのであるから、それに反するものは、そもそも契約していないのであるから法ではない。みんなにとって望ましい状態を築かないルールは、悪法であり、悪法は法ではない。

③ 強制説
　最後に、法の本質を強制と捉える考え方に基づいて考察する。これは、法はルールの外観をもっているが、それは見せ掛けであり、その本質は強制である、とする考え方だ。権力者が命令を発し、それを国民に押し付けた。それが法になり、国民はそれに従うようになっていった。だから、無理やり人にいうことを聞かせることが、法の本質であり、国民の反発を買うような法であっても、権力者がそれを制定した以上は法である。
　したがって、どのような法であれ、法は法として実効性を有する。この説では悪法の客観的な定義づけはできないが、たとえ悪法であっても法として認められる。

２．悪法は必然的に生まれる

　①自然法思想では、自然法に反するものが、②社会契約説では、みんなの「こうあるべきだ」という共通認識、いわゆる社会通念に反するものが悪法となる。悪法は法としないのが望ましいのであるが、それぞれの見解に基づいて立法を行ったとしても、悪法が生まれることは避けられない。それは、制定法には限界があるからだ。
　すべての行為を禁止した方がいいことと、禁止しない方がいいことに分類し、法を作ってゆくことになるのだが、その分類は容易ではない。その為に、本来なら禁止しなくてもよいのに禁止してしまう場合、または、禁止する必要があるのに禁止していない場合がでてきてしまう。広い意味での法の欠缺である。
　例えば、人を殺したものは死刑という単純な法があったとする。その法は、安全な社会秩序を築く上で、ある程度有益である。しかし、禁止した方がいいことと、そうでないことの分類があまりに大雑把である為、突然襲ってきた相手から自分の身を守ろうとして、殺してしまった場合も死刑になってしまう。このような結論を導く法は、一般の理解に反する悪法といえる。これを改善するためには、より細かな分類をしていく必要がある。その為、身を守る必要があった場合には、正当防衛として死刑にしないという例外規定をつくるなどの対応をしてゆくことになる。しかし、それでも正当防衛という名目で、もう攻撃してくる見込みのない相手を殴り殺す場合が発生しうる。それに対応する為に、また新たに過剰防衛の禁止という法が作られることになる。
　このように、より細かな分類をしてゆき、禁止した方がいいことと、そうでないことに分けることによって、法の欠缺なくしてゆくのだが、その分類にはきりがない。法の制定時には予想し得なかった事態が生じてしまう可能性があるからだ。その為、法の欠缺が生じてしまうことは避けられないのだ。

３．悪法は認めざるを得ない（制定法の限界）

　法の欠缺が生じさせてしまうような法は、妥当な結論を導かない悪法である。悪法は望ましくないので、禁止した方がいいことと、そうでないことの分類を細かくしてゆき、制定法を修正してゆくことになる。しかし、先に述べたように制定法による分類には限界があり、法の欠缺が発生してしまうことは避けられない。つまり、悪法が生じてしまうことは避けられないのだ。
　一方で、先に述べた正当防衛を死刑にしてしまうような、法の欠缺を生じさせてしまう悪法でも、法の欠缺が生じないケースにおいては、社会秩序の維持という有益性があり、無いよりはましである。その為、例え悪法でも法として認める必要性がでてくる。その点で、悪法も法であるという法諺は理にかなっているといえる。

４．法解釈による救済

　制定法には限界があり、法の欠缺が生じてしまうことは避けられない。そういった法の欠缺が生じた場合の救済方法として、法の解釈がある。しかし、法解釈による救済には弊害が伴うので、救済の仕方について、考え方の相違がある。

① 自由法学
　まず、自由法学という考え方がある。裁判官が自由に法解釈をして、積極的に法の欠缺が生じたケースの救済を行っていくべきとするものだ。これにより、融通の利く、社会的に妥当な結論を導き出すことが可能となる。悪法は法でないとして排除することができるのだ。
　しかし、これは一方で、裁判官が自由に法の内容を決定することができてしまうことになり、裁判官による恣意的な権力の濫用が行われる恐れがある。

② 概念法学
　つぎに、概念法学という考え方がある。裁判官は厳格に法に従うべしとする考え方だ。これは、法実証主義と似ている。実定法のみに法的効力を認め、裁判官は勝手な法解釈によって方の内容を改ざんするべきではない。例え不合理な結論を導くことになっても、法をそのまま適用すべきとする。これにより、裁判官による恣意的な権力の濫用を防ぐことができる。
　ただし、融通は利かないので、法の欠缺が生じた場合は、救済されない。同様のケースが発生しないように、その後の法改正によって対処していくしかない。つまり、悪法も法として認めるのである。

③ 折衷的考え方
　現在の日本の法制度では、この折衷的な考え方がとられている。刑法などのような国民に重大な損害を与える権力の発動に関しては、法実証主義がとられ、制定法のみに法的効力を認めており、裁判官が法解釈によって刑罰の範囲を広げることは固く禁止されている。その為、悪法も法として認めざるを得ない場合がある。
　一方で、民事事件に関しては、在る一定の限度内で、拡張解釈など自由な法解釈が可能であり、悪法は法ではないとして排除することが可能である。ただし、社会通念に合致する排除が行えているかどうかには疑問の余地がある。

５．結論

　悪法は法としないのが望ましいのであるが、その排除は容易ではない。制定法には（禁止した方がいいことと、禁止しない方がいいことの）分類に限界があり、必然的に法の欠缺（本来なら禁止しなくてもよいのに禁止してしまう場合、または、禁止する必要があるのに禁止していない場合）ができてしまう。そのようなケースにおいて、その法は妥当な結論を導かない悪法である。しかし、その他のケースにおいては役立っており、その法がないと社会は不利益を被る場合、悪法も法であるとして、その有効性を認める必要性がでてくる。これは、無いよりはましであるが故の、やむを得ない必要悪といえる。
　そういった法の欠缺を排除するために法解釈による救済もある。法解釈による自由な救済を認めると、悪法は法で無いとすることが可能であるが、裁判官の主観による権力濫用が行われる危険性もある。一方で、法実証主義をとると、裁判官の恣意的な権力濫用を防ぐことはできるが、悪法も法として認めざるを得なくなる。
　このように、悪法は法として認めるべきではないという意識を持ちつつも、法の実務上、悪法の排除には弊害が伴うため、安易に「悪法は法ではない」とすることはできない。救済を尽くしても、対処できなかったケースにおいては、「悪法も法である」として、その有効性を認めざるを得ない時があるのだ。